東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)10号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実並びに審決の理由の要点1(本願第一発明の要旨認定)、2(第一、第二引用例の認定)、3(本願第一発明と第一引用例のものとの一致点及び相違点の認定)、4(右相違点に対する判断)のうち(一)の点及び請求の原因四の1の(三)に関連して、光の減衰量が光学繊維の寸法、テーパの度合、捩りの程度、溶融による結合の程度等の条件によつて異なることはいずれも当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決取消事由について以下順次検討する。
1 取消事由(1)について
(一) 目的の相違について
(1) 成立に争いのない甲第二号証の一ないし三(本願明細書及び図面)によると、本願発明が光の減衰量を極力少なくした接近カプラを発明の目的(技術的課題)としているものであることが認められる。
一方、第一引用例には審決認定のカプラについて記載されていることは前記のとおり当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第四号証によると、第一引用例のカプラに関して同引用例には光の減衰量を極力少なくすることを技術的課題としている旨の明文の記載は見当らない。
(2) しかし、光学繊維を用いた光回路においては、光の損失を可能な限り少なくすることが望ましいことは明らかであり、従つて、光学繊維によつて構成された接近カプラにおいても、カプラとしての機能を果す上で光の減衰量を可能な限り少なくすることは、一般的に要請される技術的課題であると解すべきである。その意味において、カプラに関する発明である以上光の減衰量を極力少なくすることが当該発明に係る文献に必ずしも明文をもつて記載されていなくとも、他に特段の事情がない限り右のことは当然の前提条件とされているものと解さなければならない。
前掲甲第四号証によると、第一引用例の冒頭には、「マルチモードフアイバにおいてテーパ付部分を使用することにより効率が高い方向性オブチカルカツプラが製作された。」と記載され(訳文一頁八~一〇行)、次いで、「筆者は、製作性が容易でありかつ方向性カプラとしての効率的に機能するマルチモードフアイバをここに報告する。」(訳文、二頁八~一〇行)との記載の下に、二つのカプラについてその透過性を測定した旨の記載があり、まず、第一(a)図(別紙(二)(a)図参照)のカプラについての効率が記載された後第一(b)図(別紙(二)(b)図参照)に示すカプラはより優れた特性を示す旨被告主張の(ア)の記載があり、次いでその効率が記載され、これらの記載に基づいて算出した結果によると、第一(b)図に示すカプラは、集光効率が第一(a)図に示すカプラの集光効率よりも大きいために、全体のパワー損失がわずか〇・五二dBであつて、第一(a)図に示すカプラより優れた特性を示すとの記載があることが認められる(同二頁一〇行~八頁二行)。
(3) 右認定の第一引用例の記載によれば、第一引用例には光のパワー損失の少ないこと、即ち光の減衰量の少ないことをもつて優れた特性であることが開示されておりこのような記載事項と前記(2)の前段に述べたところを併せ考えれば、第一引用例のカプラもまた光の減衰量を極力少なくすることをその技術的課題としているものであることが認められる。
(4) よつて、本願第一発明が光の減衰量を極力少なくした接近カプラを目的とするのに対し、第一引用例のものはそれを志向していないとする原告の主張は失当であり、従つて(一)の主張は採用できない。
(二) 構成の相違について
(1) 当事者間に争いのない本願第一発明の特許請求の範囲第一項によると、本願第一発明は、二つの光学繊維がテーパ部分において所定の長さに沿つて共に溶融せしめられ且つ互に捩られることによつて、両繊維の間に光学的結合を構成するものである。
これに対し、第一引用例のものは、前記当事者間に争いのない審決の理由の要点2及び前掲甲第四号証によると、一対の光学繊維をテーパ部分で接着剤により接着して両繊維の間に光学的結合を構成したものである。
そして、前掲甲第四号証によると、第一引用例には右接着剤に関連して被告が主張する<イ>、<ウ>及び<エ>の各記載があるほか、「カプラの入射アーム(ポート1)において伝播するモードの中、より高いオーダのモードはテーパが減る部分にカツトオフポイントがあるので発散モードとなる。接着剤の屈折率の方が周りの材料(空気)の屈折率より大きいため、これらの発散モードは接着剤中へ優先的に進入する。次いでこの光線はカプラのテーパの大きくなる部分の領域まで案内され、ここで二本のフアイバへ概ね均等に進行し、テーパによりフアイバの案内されたモードへ再び変換される。」(五二八頁右欄二八行~左欄四行、訳文三頁九~一八行)との記載のあることが認められる。
右各記載によれば、第一引用例のカプラは、二つの光学繊維のテーパの間の部分を光導波路に適した接着剤をもつて満たすことを必要とし、かつそうすることによつて、二つの光学繊維を光学的に結合するものであるということができる。もつとも、第一引用例には接着剤として用いる物質及びその使用態様については右に掲げた記載事項以外に格別の記載がないので、用いられる接着剤の粘度や接着方法のいかんによつては、接着剤が二つの光学繊維のテーパ部分の近接する裏側部分にまで及ぶことも考えられないではない。そして、その場合には二つの光学繊維のコア及びクラツド(「被せかけ」も同義、以下同じ。)と接着剤の位置関係(接着剤の厚さの点は措く。)は、これを模式的に図示すれば、原告の主張する別紙(四)のようになるものと考えられる。
しかし、右のように接着剤がテーパ部分の裏側部分にまで及び、その部分でクラツドに接着剤が付着している場合であつても、光はその部分にまでクラツドと同様に通り、その結果その部分を含んで光導波路を形成するだけのことである(これと異なるように解すべき特段の主張立証はない。)。
そうすると、光学繊維と接着剤とが右のような構造になつているからといつて、第一引用例のものが、光の減衰量を極力少なくするという光導波構造について開示がないとすることは到底できない。そして、第一引用例のものにおいて右のとおり接着剤がテーパ部分の裏側部分にまで及んでいる場合には本願第一発明と対比して模式的には原告主張のとおりの構造上の相違を呈することは前述のとおりであるが、右の相違は第一引用例のものが本願第一発明の溶融に代えて接着剤を用いたことに伴う必然的な結果に外ならない。
従つて、審決が両発明について審決の理由の要点3に記載のとおり相違点を認定している(この認定については当事者間に争いはない。)以上、前記の相違点を看過しているとすることはできない。
よつて一原告の(二)の主張も採用できない。
(三) 作用効果の相違について
(1) 前掲甲第二号証の一ないし三によると、本願明細書には、本願発明のカプラにおける光の減衰量を示す実測データが一覧表によつて示されている(一二頁第一表)が、この測定に用いられたカプラは、コアの直径が八五ミクロン、被せかけ(クラツド)の厚さが二〇ミクロン、双円錐形(テーパ)部分の長さが約一センチメートルのものであることが認められる(なお、コア及びクラツドの屈折率については記載がない。)。
しかし、光の減衰量が光学繊維の寸法(即ち、コアの直径、クラツドの厚さ)、テーパの度合(即ち、テーパの長さを含むその形状)によつて異なるものであることは当事者間に争いがなく、更にクラツドの屈折率によつても異なるものと考えられる。ところが本願第一発明においては前掲特許請求の範囲に照らして、右のような諸条件について格別の限定がないものであるから、前記実測に用いたカプラは本願第一発明の一つの実施例における効果に過ぎないことは明らかである。従つて、右の効果は本願第一発明において構成上等しく奏せられる効果ということはできない。
(2) 次に、本願明細書に記載の前記減衰量に関するデータはコアの直径、クラツドの厚さ等を前記のとおり限定したものである。
一方、前掲甲第四号証によると、第一引用例には第一(a)図及び第一(b)図に示されたカプラ(別紙(二)図面参照)における光の減衰量に関する測定値が記載されているが、この測定に用いられたカプラは、コアの直径が七〇ミクロン、クラツドの厚さが五ミクロン、コア、クラツド及び接着剤の各屈折率は、それぞれ一・五七一、一・五四二、一・五六九のものであることが認められる(訳文二頁一七行ないし三頁四行。なお、テーパの長さについては明らかでない。)。
そうすると、本願発明に関するデータと第一引用例に記載のデータとは、光の減衰量に影響を及ぼす光学繊維の寸法(コアの直径、クラツドの厚さ)の条件が著しく異なつており、また、テーパの度合、コアやクラツドの屈折率が同一であるか否かは明らかでない。そして、このような諸条件を度外視してただ単に減衰量の数値を比較し、本願第一発明の効果が第一引用例のものよりも優れているとすることはできない。原告は、本願第一発明も第一引用例のものも最良の条件で行なつている旨主張するが、そのことだけで前記の諸条件が同一であるとすることができないことはいうまでもない。そして、他に本願第一発明の効果が第一引用例のものに比較して当業者において予測し難いような格別なものであると認めるに足りる証拠はない。
(3) 以上(1)、(2)に述べたところからすれば、原告の(三)の主張もまた失当であつて、採用することができない。
2 取消事由(2)について
(一) 前掲甲第二号証の一ないし三によると、本願明細書には本願発明の先行技術の一つとして後記乙第一号証の記載を引用して、同書に記載された方法はマルチモードフアイバーの二つの部分が相並んで溶融されて減衰量の少ない接合部を形成するものである旨記載されていることが認められる(五頁一九行~六頁八行)。
また、成立に争いのない乙第一号証(Applied Optics A monthly Publication of the Optical Society of America」一九七六年一一月号、昭和五一年一二月一日特許庁資料館受入)の二六二九頁ないし二六三〇頁には、「単素線マルチモードフアイバ導波路からなる近接カプラの製造」と題し、第一ないし第三図とこれに関する説明に光学繊維の溶融による結合についての記事があり、これには「我々は……炭酸ガスレーザを用いて市販の低損失コーニングフアイバーを熱的に溶融することにより近接カプラを製造した。」との記載及び被告指摘の箇所にはその主張するとおりの記載があることが認められる。
また更に、成立に争いのない乙第二号証(特開昭五二―一四四三〇号公報、昭和五〇年七月二四日出願、昭和五二年二月三日公開)二頁左上欄七~一四行、右上欄六~左下欄三行及び四頁の第二図には光学繊維のクラツドを溶融して結合部を形成することが記述されているほか、被告指摘の箇所にはその主張するとおりの記載のあることが認められる。
以上の事実によれば、光学繊維を光学的に結合(接続)する手段として接続部を溶融する方法は、本願優先権主張日前当業者において周知の技術であつたと認めるのが相当である。そして、右乙号各証に記載された技術もまたその対象が光導波路ないしカプラに係るものであることからすれば、光の減衰量を可及的に少なくすることを技術的課題としているものであることは1、(一)、(2)前段に述べたところによつて明らかである。
そうすると、審決が本願第一発明と第一引用例記載のものとの相違点に対する判断に当たつて光学繊維同志を光学的に接続する手段として両者を溶融することが本願優先権主張日前周知の技術であると認定した上、この技術を本願第一発明の進歩性を判断するに当たつて一つの資料としたことに誤りはない。
原告は、光学的接続として両光学繊維のテーパ部分を溶融することは周知でない旨主張するが、審決はこのことが周知であるとは認定しておらず、両光学繊維をテーパ部分において光学的に結合する点は本願第一発明と第一引用例のものとの相違点としていないことが前記審決の理由の要点3から明らかであるから、原告の右主張は失当である。
従つて、原告の2の(一)に主張するところは採用できない。
(二) 本願第一発明、第一引用例及び乙第一、第二号証に記載のものがいずれも光の減衰量を少なくすることを技術的課題としているものであることは既に述べたとおりである。
また、第二引用例には審決の認定するとおりの記載、即ち複数本の光導波管(光学繊維)を互に捩り光学的結合を形成することが記載されていることは当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第五号証によると、第二引用例のものは「光回路素子」と記載されているが光学カプラである点で本願第一発明及び第一引用例と同じであることが認められる。従つて、1、(一)、(2)の前段に述べたところから、第二引用例のものも光の減衰量を少なくすることをその技術的課題としていることは明らかである。(同号証を見ても、第二引用例のものがこのような技術的課題を有していないと認めるべき特段の事情はない。)
そうすると、原告の2の(二)に主張するところも理由がなく、審決が本願第一発明と第一引用例のものとの相違点についてした判断には誤りがない。
3 以上のとおりであるから、原告の主張する審決の取消事由はすべて失当であり、審決にはこれを取消すべき違法の点はない。
三 よつて、原告の本訴請求を棄却する。
〔編註その一〕 本願発明の特許請求の範囲第一項は左のとおりである。
双円錐形テーパ部分を有する第一マルチモード光学繊維と双円錐形テーパ部分を有する第二マルチモード光学繊維とを備え、前記テーパ部分はその所定の長さに沿つて共に溶融せしめられ且つ互に捩られて前記両繊維の間に光学的結合を構成することを特徴とする光学カプラ。(別紙(一)図面参照)
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙(一)
<省略>
別紙(二)
<省略>
(以下省略)